小猿の存在を雷蔵は知っているだろうか。
三木ヱ門に不承不承その来歴を話した孫兵の態度からして、小猿の素性それ自体は生物委員会の特級機密のはずだ。国持大名や高級貴族が関わっていることは伏せて、乳母日傘で丁重に扱わなくちゃいけない大事の預かりもの、くらいには協力者に話してあるのか。
それとも、小猿を保護していることも内緒にして、詳しいことは話せないが見返りはきっと約束するから何も言わずに手伝ってくれと協力を請うたのか。――この場合、伊作を除くという条件がつくが。
善法寺先輩には猿の健康維持に必須の医療知識のために余儀なく助けを仰いだものと考えていたけれど、友人を欺くいかさま勝負の片棒を担いだとなると、予想よりも根幹から関わっているのかもしれないな。保健委員会が計上した"雀用薬餌代"の件も、そう言えばまだ不透明なままだ。
「渡り鳥が」
雷蔵が口を開いた。少し喉に引っかかるような声だが、いつもの穏やかな口調に戻っている。
「学園の池に越冬に来たから、じゃないかな」
放っておいたら池の鯉や水草を食べ尽くされてしまうから、それを防ぐために渡り鳥にも餌をやるんだろう。ここなら無事に冬を過ごせると頼って来た鳥たちを、飢えさせるのはかわいそうだから。
「竹谷先輩らしいお考えだと思います」
が、会計監査で予算の使途を突っ込まれたらそういう方便を使うことになっていたと、三木ヱ門はすでに孫兵から聞いている。だからしみじみとそう言ったあと、「その話が真実ならば」と付け加えた。
雷蔵は小さく笑って肩をすくめる。
その時、急に三木ヱ門の鼻の中がむずっとした。
「あ」
慌てて雷蔵に背を向け両手で鼻を覆う。その途端に、膨らませた紙袋を叩き潰すような大きなくしゃみがひとつ出た。
「うわっ。大丈夫かい?」
「……ふぁい。髪か服に埃が付いていたみたいです」
袖で鼻先をこすって三木ヱ門が言うと、悶着を脇にのけ心配そうにその顔を覗き込んでいた雷蔵は、
「やっぱり、医務室で鼻の薬を貰って来たら?」
と言った。