「竹谷先輩は今、何者かに追い回されています」
三木ヱ門が言うと、顔を上げた雷蔵は一瞬、目の焦点が遠くなったような表情をした。
「一年ろ組のふたりと尾浜先輩は、焔硝蔵の方角から校舎へ向かって猛烈な勢いで遁走する久々知先輩と、竹谷先輩の顔をした鉢屋先輩を目撃したそうです。――五年生は一体、皆揃って何から逃げているのです?」
どちらの八左ヱ門が本物なのか確信はないし、各々の状況が相互に関連しているかどうかは分からない。それを敢えて切り口上に決め付け、かまをかけてみる。
「逃げる――」
うろうろと揺れていた雷蔵の瞳が不意に正位置へ戻った。訳知り顔に問い詰めてくる三木ヱ門は実際どこまで何を知っているのか、という疑問が動揺に追いつき、それで落ち着きを取り戻したらしい。
……さてさて、どこまで手の内を見せて良いものか。
「生物委員会は今月、支給予算を超える費えを賄うために、用具委員会の予算の奪取を目論んで"鼠相撲"勝負を挑んだ」
そこまで言って三木ヱ門は言葉を切る。微かに眉を寄せて様子を窺うように見下ろしてくる雷蔵をじっと見上げ、しっかり視線が合ったのを確認してから、もう一度口を開く。
「急に飼育する生き物が増えたとも聞かないのに、なぜ今月に限って大赤字なのでしょうね。不可解な話です」
「……」
雷蔵も目を逸らさない。口は結んだまま、ただゆっくり瞬きをする。