学園長先生のご友人である学者先生が「雀躍集」を書いたのをきっかけに、お年寄りの間で自伝の出版が流行っちゃったらどうしよう――ときり丸が心配していた。現に学園長は既に感化されて、予算を使い込まれた図書委員たちからせっせとささやかな報復を受けている。
さっき長屋の廊下で会った元教育実習生の突庵望太は身の丈ほどある大きな荷物を背負っていた。そして学園長の庵と「図書室」、どちらが近いか尋ねてきた。
来客が図書室に用がある、というのもおかしな話だ。
突庵望太は学園長の友人の曾孫だ。逆に言えば、曾孫がいるほど十分に年を召した御仁が学園長の友人で、聞くところによればその人は超有名な忍者なのだとか。忍びを志す若者に聞かせたい、胸ひとつに納めるには勿体ない、こっそり後世に伝え残したい、そんな逸話のひと山ふた山はゆうに抱え持っているはずだ。
「自伝の押し付け、第二波が来ていたようだぞ」
「ひいっ」
両手で頬を挟んで怪士丸が悲鳴を上げた。
しかし図書委員会にはもう予算がない。いかな学園長だとて同じ手は二度使えないし、使わせない。後払いでいいから、ツケにしておくから、と無理やり置いていった書物をそっくりそのまま突き返して、購入の意志はないと断固として示すのに違いない。
「クールダウンですね。……あれ、アイス、――アイシング? お?」
おや? と伏木蔵が自分の言い間違いに自分で首をひねる。その間違え方がいかにも保健委員らしい。
「クーリングオフ、な」
「それです」
三木ヱ門が助け舟を出すと、伏木蔵は先刻承知の顔でポンと手を叩いた。
「突庵先生、いらしてたんですか」
「北石先生もおいでだ。こちらの用事は知らないが」
快活そうにふるまう突庵にちらりちらりと気後れするような影が見え隠れしていたのは、各委員会に配分される予算それ自体が多額ではないことを知っていたのだろう。ごめんねごめんね、でも僕も爺ちゃんに振り回されて困ってるんだ済まないけど押し付けさせて、ごめんね。
年寄りのわがままに困らされるご同輩と思えば――まあ、迷惑だけれど、悪い人ではないんだろうな。やっぱり。