大丈夫だと言ったのに、わざわざ謝りに来たのか。……いじらしいじゃないか。
「驚いたけど、わざと黒板を落としたんじゃないことくらい承知してるさ。それに、どこも怪我はしていない」
「本当に?」
深刻そうに眉根を寄せた伏木蔵が顔を近付ける。怪士丸がたしなめるようにそっとその袖を引いたのを、三木ヱ門は見なかった。下級生の手前強がっていると思って心配しているのかと、ますます胸がきゅっとした。
「本当に。僕を誰だと思っている」
「それでもです。飛び散った破片が当たったとか」
「射程外まで避けたよ」
「足元をの石につまづいて捻挫したとか」
「足首も膝も何ともない」
三木ヱ門がその場で二、三度軽く跳んでみせ、なんならトンボも切れるぞと言うと、伏木蔵はすっと身を引いた。上から下までそっくり三木ヱ門を見渡してやや首を傾げ、しばしばと瞬きをして、小さくため息を吐いた。
「無傷ですね。良かったです」
「うん。……うん?」
安堵の言葉と裏腹に、少し残念そうな顔つきに見えるのはどういう訳だ。
どうも風向きがおかしいと三木ヱ門が思った途端、伏木蔵をぐいと後ろへ押し下げて、代わりに怪士丸が一歩前へ出た。焦りつつ竦みつつ口ごもりながら早口に喋るという芸当を披露しつつ、友達を弁護する。
「あの、あの、あのですね、伏木蔵に悪気はなくてですね、いま医務室に新しい打ち身の薬があるから、それがいい薬種で作ったよく効く薬だから、もし先輩が怪我をしてらしたら是非にも使って頂きたいから、そうすればすぐにも治るからって……あのう……怒ってらっしゃいます?」
「……どこに怒ったらいいのか分からないから、怒らないことにしておく」
悪気はないし先輩が怪我をしていればいいのにとも思っていないけれど早く効能を見てみたい新薬を使う機会が回って来なかったのはちょっとだけ残念。……新しい火薬の調合を思い付いたら実践で試したくなるようなものと思えば、理解はできる。しかし僕はモルモットか。
「打ち身の薬って、新野先生秘伝の鎮痛膏ってやつか?」
「あれ、御存知ですか」
「あちこち怪我をしておられる食満先輩が乱太郎と左近にそれ持って襲われてる」
けしかけたのは三木ヱ門だが、それは言わない。
「ひゃー」
伏木蔵が両手を頬に当てておののき、すごいスリル~と身を震わせる。
「鎮痛膏を使うのがスリル? においは凄かったけど、よく効くのは確かなんだろう」
「新野先生が作ったのはそうです。でも、いま医務室には、伊作先輩が試作した鎮痛膏・改もあるんです」
乱太郎が持ち出したのは、さてどっち?