「善法寺先輩はいま医務室にいらっしゃる?」
「うーんと」
三木ヱ門にとっては都合のいい事に、この症状を早いところ何とかしたいらしい勘右衛門が重ねて尋ねると、伏木蔵は首をひねった。
伊作は今日、当番ではないと乱太郎たちに聞いている。伏木蔵もそれは知っているはずだ。それなのに即答しない。
知らず知らずに息を潜め、三木ヱ門は伏木蔵が答える声に耳をそばだてた。
「薬草園か、焔硝蔵か、古い資料がしまってある納戸か、図書室の書庫か、長屋の床下にいらっしゃると思います」
「随分とあっちこっちだね」
「それがですねー」
放課後、教室に置く消毒薬を貰いに医務室へ行った時、当番たちの様子を見に立ち寄った伊作にたまたま会った。やけにそわそわしているから、なにかお急ぎの用事がおありですかと尋ねたら、その質問は耳半分で聞いていたようで先の場所をぶつぶつと呟いてから伏木蔵を見てはっとした顔をした。
そして、にっこり笑って、
――配りものがあるんだ。いや、大したものじゃないんだけど。
「ですって」
「ふーん。虫除けの薬か何かかな」
「かもしれないです。薬草園であれを摘まなきゃ、ともおっしゃってましたから」
のんびり喋り合う声を聞きながら、三木ヱ門はその場で飛び跳ねたい衝動をかろうじて押さえ込んだ。怪士丸が「それなら、書庫にはもういらしてました」と補足するに及んでは、三階の窓枠へ飛びついて頭を撫でてさえやりたくなった。
焔硝蔵へは火薬を取りに行ったのではなく、薬草園で手に入れた何かを置きに行ったのか。自分がいつも焔硝蔵で火薬を貰うばかりだからといって、他人も必ずそうだとは限らないという原則を失念していた。
あまり人が近寄らず静かで薄暗い場所には、臆病で小さな生き物がしばしば隠れて住みついたりする。
そんな所へ薬草を置いて回るのは――逃げた猿を捕獲するための罠か? 口に入れると眠りこむ草とか、かじると動きが鈍って大人しくなる根っことか。そういう便利な効用のある草を育てているかどうかは知らないが。
「私は用事の途中なので、失礼します」
軽く低頭して三木ヱ門が言い、尾浜先輩お大事にと付け加えると、勘右衛門はもう一度「ごめんなー」と言って手をひらひらさせた。