「伊助はずっと教室にいたのか」
「はい。少なくともさっき僕が教室を出るまでの間は、一度も外に出て行ってません」
どうしてそんなことを聞くんですか、と反問もしない。
しかし物問いたげな顔はした。
それを目の端に見ながら、どうしてと尋ねたいのはこっちだと、三木ヱ門は忙しく考えた。
三郎の証言を頼りに伊作と一平を追って焔硝蔵まで来た時、兵助は開いた扉の所に立って、中にいる誰かと話をしていた。そして三木ヱ門と話をしている最中に伊助の名前を呼び、焔硝蔵の中の誰かに返事をさせた。
三木ヱ門に返事の声を聞かせることで、そこにはいない伊助をいるように思わせた――いや、「誰か」は伊助だと思わせた。
何の為に?
「誰か」の正体をごまかす為に。
何故ごまかした?
中にいるのは誰なのかと、三木ヱ門が焔硝蔵の中を覗くのを避けたかったから。
どうして?
個人で専用の火薬壷を買ったらどうだと冗談半分の無茶を持ちかけてきた時、兵助は「火器にかけては学園ナンバーワンと豪語するなら」と口にした。声を潜めてひそひそ話をしていた訳ではなく、今にして思えば敢えて聞かせたのかもしれないが、焔硝蔵の中にいた「誰か」は兵助の言葉を聞き、外にいるのは三木ヱ門だと察しただろう。
その上で、"伊助"と呼ばれて返事をした。
……中にいる「誰か」は、焔硝蔵にいるところを三木ヱ門に見つかってはまずい人物だったから?
それは焔硝蔵に向かったはずなのに立ち寄った形跡がなくて見失ってしまった伊作と一平なのか?
裏で手を組んでいるらしい生物委員会と保健委員長が、用具委員会には憚る所があるとして、三木ヱ門にも――と言うより会計委員会に対しても何か後ろ暗い所があり、火薬委員会はその隠蔽に協力するだけの理由がある?
その理由は、三郎次とタカ丸が劇的に反応した実在の怪しい鳥の子玉と関係はあるのか?
「今月の決算は手間が掛かりそうだ」
「あ。収支報告書、もう出揃ったんですか」
三木ヱ門がこぼした言葉に、団蔵はふと表情を引き締めた。