「水飴が勿体ないな」
顎に手を当てて三木ヱ門がぼそりと呟くと、無精を叱られるかと身構えていた団蔵は意外そうに軽く目を瞠った。
「きり丸みたいなことをおっしゃいますね」
「独り占めする坊主もいた。ケチと水飴は相性がいいんだろう」
他のことを考えている三木ヱ門は素っ気ない返事をする。それって何の話でしたっけ、とうまい具合に団蔵の気が逸れた。
また"ひと月ほど前"だ。
用具委員会との勝負に臨む生物委員会が提供を受けた(と思われる)保健委員長謹製の体力増強剤は、薬種の蜜漬けだ。
とろりとした甘い液体であるところは水飴に似ている。
使い残した蜜漬けを虎若が預かったものの、とっ散らかった部屋が災いして景気良く床に吸わせてしまい、またそれを拭った布も床の上に放りっぱなしで、その匂いを嗅ぎつけた長屋の生き物たちがやれ嬉しやと舐めた為に、日に日に寒くなるこの時期にも関わらず元気百倍――という筋書きに、齟齬は無さそうに思える。
ねずみや虫を湧かせるとすればその出処は一年は組、という推測にもしっかり当てはまる。
薬が余ったからと捨ててしまうのは勿体ないし、保健委員の乱太郎が孫兵のきみこに蜂蜜を舐めさせたように、怪我や病気で元気のない生き物にほんのちょっと与える分には使い道がありそうだ。しかし委員長代理の八左ヱ門が隠し持っていては、用具委員会に不審を抱かれて内偵でもされた場合にきつい追及を受けるのは間違いない。
その点、相手が一年生なら用具委員長もそう厳しいことはできまい。それに元からごちゃごちゃの部屋なら小さな瓶のひとつくらい難なく紛れ込ませておける――と踏んだのが裏目に出たか。
「虎若はその水飴をどこから持って来たんだ?」
念の為に尋ねてみると、団蔵は妙な質問にきょとんとしながらも頭を掻き掻き答えた。
「誰かからの貰い物みたいです。せっかく貰ったのにーって、すごく嘆いてましたから」
本物の水飴にしても安いものではないが、それを贈ってくれたのは誰なのか強いて聞こうとは思わなかったらしい。