さっきの思い付きをひっくり返してみると――と、三木ヱ門は左門に縄をかける手を休めずつらつらと考えた。
伊作が怪しげな蜜漬けを作ったのがひと月前。それをひと口くすねた小平太が体力の限界を突破したのもひと月前。
忍たま長屋、中でも下級生の長屋に住み着く生き物たちが異様に活発になったのがひと月前。
更にさかのぼるなら、かつて伊作が作った薬湯を飲んだ生徒が山で狼に追いかけられたが走り勝って逃げ切ったと、噂話だけどと断りながら左近が言っていた。
本来の目的とは違う効果が表れてしまった調合を、研究熱心な保健委員長はそのまま放っておきはしないだろう。それが毒になるものだったら、同じ物を二度と作らないよう組み合わせた薬種を控えておくだろうし、有用なものならばその効能を確認しつつ改良を重ねて、実用に耐える新薬に生まれ変わらせるはずだ。
狼よりも早く走る力を引き出す薬は間違いなく役に立つ。
偶然の産物だったその調合を、今度は確実なものとして作り上げたのが、件の蜜漬けだったとすると。
疑問がひとつ湧いてくる。
もともと十分健康な身体が更なる力を発揮するために使う、いわばズルをするための薬だ。決算で徹夜の時にそんな薬があったら便利だなとちらりと考えたけれど、まあ、それはそれとして。
ものは種類が多ければ多いほどいい怪我や病気の薬ではない。
緊急度や優先度は低いはずなのに、なぜ、今それを作ったのか。
――同じくひと月前、と言うか今月の初めだから「ほぼ」ひと月前、用具委員会と生物委員会は何かの勝負をして、勝負の対象が何であれ傍目には勝ち目が薄いように思える生物委員会が勝っている。
そして生物委員会と保健委員長は、表沙汰にできない"鼻薬"で繋がっている。
「七松先輩」
「うん?」
深刻そうな三木ヱ門の声に、小平太がわずかに怯んで身を引いた。
「盗み食いを文次郎に言いつけるのは勘弁してくれないかなぁ」
「質問に答えて頂ければ致しません」
「答えられるものなら」
いつも元気いっぱいの体育委員長が、しおらしげに瞬きする。
では、と三木ヱ門が口を開く。
「蜜漬けの木の実を口に入れたのは一度だけですか」
「え? うん。もう一度食べたいとは思わない味だったし」
「口に入れる前と後を比べて、何かが変わりましたか」
「……えーと……、身体が軽い、疲れない、膂力が増した、気がする」
「具体的には?」
「高く跳べる、速く走れる、深く潜れる、早く掘れる、あとは……」
奇妙な一問一答をする三木ヱ門と小平太を振り子のようになって眺めていた左門が、焦れた。