もともとは用具委員長に用があって長屋の部屋を訪ねてみると、同室の保健委員長と二人ながらに不在で、それなら戻るのを待とうかと部屋の中へ踏み入った。
衝立でふたつに仕切られた部屋の手前側にある伊作の専有スペースには、骨格標本のコーちゃんや薬の調合に使う諸々の道具がごちゃごちゃと並んでいる。横を通り過ぎつつ何気なくその辺りを目を向けた時、文机の下に封をした小さな瓶があるのに気が付いた。
「気が付かないとなんでもないけど、気が付いちゃうと気になるんだよなあ」
なあ? と同意を求めてくる小平太に何とも答えようがなく、三木ヱ門は曖昧に首を動かす。
その時は変な場所に瓶を置いているなと思っただけで、程なく戻って来た留三郎にバレーボールのネットを破損したと修補を頼み、小半刻近く叱られて用事は済んだ。
それから又しばらくしたある日、火器の実習授業中に破裂した火薬玉の破片が目に飛び込んでしまい、医務室へ駆け込むと、授業中ゆえ当番の生徒は不在で新野だけがいた。
そして医務室の隅にはあの瓶があった。
「善法寺くんが新しい薬を作っているようです」
何とはなしに気にかかっていた瓶に再会し、あれは何かと尋ねる小平太に、きれいな水で目を洗わせた後に傷や火傷がないか検分していた新野は、詳細は知らないらしく簡単に答えた。
薬棚の陰に隠すように置かれた瓶をもう一度よく見ると、蓋に十字に貼り付けてあった封印は無くなっている。
「なら開けても良いのだな――と思って、新野先生が目薬を作っておられる間に、」
「開けたんですか」
「うん」
子供ではあるまいしと呆れて問う三木ヱ門に、小面憎いほど素直に小平太が頷く。
瓶の中にはとろんとした蜜と、刻んだ草や果皮や木の実が口までいっぱいに漬けてあって、甘く爽やかな良い匂いがした。その匂いに釣られてつい、一番上に乗っていた金柑のような実をつまんで口に入れてしまった。
かじった途端、口の中に爽快感が広がり、急に目の前が真冬の空気のようにかきんと冴え渡った。
「けど、味は不味かった」
そう言って、渋さを思い出したのか小平太が口を尖らせる。
「木瓜の蜜漬けみたいに、薬になるのは漬けてあるものではなく蜜の方だったんでしょう」
「しかし、良薬口に苦しとも申します」
医務室で生姜湯に足してもらったものを思い出して三木ヱ門が言うと、左門が横から分かったようなことを言い足した。
小平太が不思議そうに首をひねる。
「結局、何の効能のある薬だったのかな。作りかけの薬で体調を崩すどころか、身体の調子はすこぶる良いんだが」
「……それが効能なのでは」
滋養強壮、体力向上、身体能力アップ、もともと人間離れしている体力に薬の効果が上乗せされてこの有様、というわけか。まるでドーピングだ。