「わ?」
「うわっ!」
短い悲鳴が上がり、ばさばさと音を立てて大量の本や巻物が廊下の上へ雪崩れ落ちる。咄嗟に飛び退いた三木ヱ門が立っていた場所へ小山のように積み上がった書物の向こうには、図書委員の久作が呆然として立っていた。
「すまん、前を見ていなかった」
軽く謝った三木ヱ門はひょいと膝をついて屈み、"当世流行図会"と題名がついた書物を何冊か拾い上げた。第一巻は九州編、第二巻は中国編、第三巻が四国編、第四巻の近畿編――がなくて、第五巻北陸編――もなくて、第六巻の東海編の裏表紙には「第七巻:東国編 刊行予定:かみんぐすーん」と書かれた紙が貼られている。
本を拾う三木ヱ門を見て我に返った久作がストンとしゃがみ、そのままぺこりと頭を下げた。
「こちらこそすいません。前が見えませんでした」
「だろうなあ」
よくもひとりでこれだけ抱えていたものだと思うような数の書物を前にして三木ヱ門が言うと、久作は申し訳なさそうに首を縮めた。
「これ全部、学園長先生の庵に持って行くところなんです」
「校庭でも庵へ運ぶ本を抱えた不破先輩に会ったぞ。学園長のお言い付けとは言え、そんなにたくさん書物を運び入れたら、庵が第二の書庫になってしまいそうだな」
手に汗握るリアリズムあふれた自伝を書くにあたってまずは資料集め、ということだろうけれど――これじゃ運ばせた資料を読むだけでも時間がかかって仕方ない。そこでうんざりして執筆は諦めてくれないものだろうか。
”まっぷるるるるぶ畿内・北部編”と表紙に書かれた巻物を拾った久作は、三木ヱ門の言葉に何故か小さくニヤリとした。
「いえ。大量の本を運んでいるのは中在家先輩の作戦です」
「作戦?」
「――例えばこの巻物は東・西・南・北で全四巻だけど、北の一巻しかないんですよね」
続刊分をまだ買えていないからと、手にした巻物を振って澄ました顔で言う。
「じゃあこれは? 六巻までは出ているのに途中が抜けてる」
「近畿編と北陸編はみんなが読むからボロボロになっちゃって、買い直す予定だったんです」
「……予定だったか」
その分の予算を、図書委員会は無駄遣いさせられた訳だ。
「しかし、続き物が中抜けしていたり全体の一部分しか資料がなかったりでは、いくら書物を積んでも肝心な点が分からなそうだな」
「そこです!」
「どこ?」