「行くぞ、喜八郎。タカ丸さん、その冊子はこいつに――」
「いいよー。運ぶよ、暇だし」
その代わり、は組も宿題が出てるからあとで手伝ってね。
ちゃっかりした事を言ってにこにこするタカ丸に滝夜叉丸は苦笑いして肩をすくめ、まだ庭のほうを見ている喜八郎の背中をプリントの束でトンと押した。
「ほら、ぼんやりしていないで歩け歩け」
「餅花に見えない? あれ」
「は?」
喜八郎の視線を追うと、さっき喜八郎が驚かせたすずめたちが、寒さで羽毛をぽんぽんにふくらませてすっかり葉の落ちた枝へ鈴なりに止まっている。色はだいぶ地味だが、ちんまりと丸めた餅を柳の枝にたくさんくっつけた正月飾りに似ていなくもない。
「ああいうの、ふくらすずめって言うんだよね。ふっくらしてるから」
「福来雀と書けば縁起物になる」
「帯の変わり結びにも”ふくら雀”ってあるよ」
自称教科の成績学年一位とお洒落に敏感な髪結いが、いかにも似つかわしい感想を言う。
しかし喜八郎は黙っていた三木ヱ門を振り返った。
「潮江先輩、なんでふくら雀を首につけてるの」
「え? あれを見たのか」
「うん。馬借便を受け取った時にたまたま外を潮江先輩が通りがかって、立花先輩がそれ見て"蝶結びも嫌がったくせに"って指さして大笑いしてた」
「大笑いか……」
結び直す形は何でもいいと言われたからつい気合を入れて凝ってしまったけど、化粧は落としたんだし、一緒に外してしまえば良かったのに。
「そう言えば、そんな格好をしておられたな。変姿の授業で乙女子役が当たったとかで」
腕を組んで唸る三木ヱ門を横目に、陥没した塹壕に落ちた白塗りの文次郎を見ている滝夜叉丸が言う。一目で恐れをなして飛び退いた割に姿はしっかり覚えているらしい。
唯一実物を見ていないタカ丸は、首に変わり結びの帯をつけているとはどういうことかと首を傾げていたが、滝夜叉丸の説明を聞いてますます訝しげな顔になった。
「女の子の扮装をそのままにしてたわけ? 潮江先輩が?」
「喜八郎の話だと、そのようですね」
「ふうん……。晴れ着を着る時に髪を結って、崩すのが勿体ないって次に髪を洗うまでそのままにしておく人はいるけど……」
「それなら、ふくら雀を解くのも勿体なかったんじゃない」
話を聞いていないようで聞いていた喜八郎がそっけなく言い、「それより宿題」と二人をばたばた追い立てる。
あとに残った三木ヱ門は、廊下の真ん中で唖然としていた。