そう言えばそうだったと、滝夜叉丸が日の傾いた空を仰いで少し慌てた顔をする。そのまま急いで立ち去ろうとしたのを、三木ヱ門が引き止めた。
「ちょっと待った。体育委員会の収支報告書なんだが」
「ふん?」
ものはついでと三木ヱ門が口にしかけた途端、滝夜叉丸は苦い顔をした。
「なんだ、会計委員。何か記入漏れでもあったか」
あまりそうとは思っていないような口調で言う。
「いやそれ以前に、報告書に添付するはずの領収書が少ない……と言うより、ほとんど無いのはどういう訳だ?」
これでは報告書に記入してある"パイロン50個"とか"ライン引き10台"の支出が正確なのかどうか分からない。それらを購入したことにして予算を私的に流用した――なんて不正を体育委員長はやりそうにないが、実はパイロンではなく購入申請しても予算が下りないバレーボールを買って実物は隠している、と言うことはあり得る。
そこまで三木ヱ門は言わなかったが、滝夜叉丸は察したらしい。怒り出すかと思いきや、口の端をすーっと引き伸ばすような妙な笑い方をした。
「その事か。記載したものが購入したもので間違いない。が、領収書は、無い」
「貰い忘れか? そうすると、確かに予算で買ったものと確認できるまで決済が棚上げになるから、その分来月の予算が下りるのが遅くなるぞ」
「承知している。甘受する」
やや暗い目をして、滝夜叉丸が珍しく素直に頷く。
「……どうした。気味が悪いな」
「備品の購入は体育委員会総出で行ったのだ。裏々々山の向こう側の町まで、」
「ランニングで?」
「いえ。ボルダリングで」
口を挟んだタカ丸が、それを聞いてうへえという顔をした。
「帰りは荷物があるから、さすがに七松先輩も崖登りをしようとはおっしゃらなかったが――その代わり藪漕ぎで裏々々山から裏々山を通って裏山まで突破した」
しかも中間にある裏々山はちょうど領地の境だとかで手入れが十分にされていなくて、草も木も伸び放題に伸びっぱなしの生えっぱなしだった。
「で、その道中のどこかで七松先輩が領収書を束ごと落とした」
「……うん。途中でオチが読めた」
「行きはよいよい、帰りは怖い」
滝夜叉丸に付き合うように眉を下げた三木ヱ門の後ろで、喜八郎がひと節歌う。
「行きも別に良くはなかった。……重要なものだからくれぐれも大事にと申し上げたのだが、そう言う訳で領収書はない」
「お前が持っていれば良かったのに」
「……まあ、こうなる予感はしていたんだけど。失くしそうだからと委員長から領収書を取り上げるのは、さすがに差し出がましいと思ってな」
「それで要らない面倒を増やしているんじゃ、気を使う意味が無い」
「結果論で責めるな。それに私が進言しても右から左なんだ、あの人は」
「ふうぅーん。潮江先輩は僕の提案には耳を傾けて下さるぞ」
「立花先輩もー」
「久々知くんも」
三人を見回し、何か言おうとして口を開いた滝夜叉丸はそのまましばし絶句して、やがて低い声で「宿題を配りに行かねば」と呟いた。