床の上の綴込を引き寄せながら言った吉野の言葉に、三木ヱ門ときり丸が揃ってどんよりした顔をした。
「昔の風土や地理に関する書物を庵に持って来させていらっしゃる、と言うのは聞きましたが」
今日は庵に向かう途中の雷蔵に二回会って、その二回とも雷蔵はたくさんの書物を抱えていた。それを思い出して三木ヱ門が滅入った声を出すと、吉野はふむふむと軽く頷いた。
「現役バリバリで忍者していた頃に歩いた土地についてお調べになるんですって」
ご本人の言に拠れば、この日の本の国の東西南北を網羅するのはおろか、外つ国へ渡る船に潜んで海の外へも赴いたという話です。
「はあ。密航ですね」
三木ヱ門はぽかんとして、きり丸は両手の人差し指を舐め、それで自分の眉毛をついとなぞった。
「実は生き延びていた九郎判官が蒙古へ渡って、名前を変えて大暴れ、って話は面白いですよね」
「来し方を記録に残す時は、多少脚色があったほうが全体のまとまりがいいんですよ」
呆気なく作り話と断じた吉野が真面目くさって言う。それを聞いたきり丸は、いよいよもって顔が崩れた。
「あーあーあー分かっちゃった、分かっちゃった。学園長先生、友達の学者先生が"わかもののためになるじでん"を書いたもんだから、自分も真似したくなったんだ」
「しかもそれを"忍術学園出版"から発行するおつもりですよ」
私費でならいくらやってくださっても構わないんですけどねえと、手元の綴込の表紙をパンと叩いて吉野が嘆息する。反古紙ならここに沢山あるのだから、その裏にでも書き留めておけばいいのに。どうせご本人しか読みやしないのだから。
ひとしきり雑談をして気が紛れたらしい吉野はそこで言葉を切り、さあ行った行ったと生徒たちに手を振った。
「私は仕事に戻るとしますよ。小松田くんが作ったこの大量の書類を、大量の反古紙に変える仕事に」