帯刀した私服姿の木下は、その顔を見て立ちすくんだ三木ヱ門と身を乗り出したきり丸に、均等に警戒するような視線を向けた。
「何か顔についているか」
膝をついて穴の中を覗いていた姿勢から立ち上がり、袴の泥をさらさらと払う仕草はごく落ち着いている。八左ヱ門から報告を聞いているはずだが、自分の首が懸かった猿が脱走中にも関わらず、立ち居振る舞いに動揺は微塵もない。
「木下先生、今から外出なさるんですか? どちらへ? 荷運びとかの手伝い、いります?」
内緒話の手掛かりと、ついでにお駄賃のにおいを嗅ぎつけたきり丸が勢い込んで尋ねる。
しかし木下はすげなく首を振った。
「今、外から戻ったばかりだ。特別講師の冨士原先生をお送りして来た」
「……あー、あの、自慢たらしい偽ブランド学者?」
「そういうことを言うものじゃないよ、きり丸」
因縁の名を聞いた途端に目が据わったきり丸を、誰かが穏やかにたしなめる。
その声がした方向を見れば、書物をまたいっぱいに抱えた雷蔵が、校舎の方から歩いて来たところだった。妙な取り合わせの4人に少々驚いた様子で足を止め、清八にこんにちはと会釈してから、木下を見て苦笑いを浮かべる。
「学者先生、道々も話し通しではありませんでしたか」
「全くなあ。いいお年だというのに、よく舌の回る御仁だ」
「お疲れ様でした。清八さんがおいでになると分かっていたら、帰り掛けに馬に乗せて頂けば良かったですね」
「良くも悪くも一足違いで」
雷蔵の言葉ににこりとした清八は、懐から南蛮風の封蝋がされた書状を取り出して、木下に手渡した。
「こちらは木下先生にお届け物です。馬を急がせ過ぎたら、ご帰着まで待ちぼうけを食うところでした」
「ああ、どうもありがとう。きり丸! お前、なんでそんな期待に満ちた目で詰め寄ってくるんだ!?」
書状を受け取った木下に飛びつこうとしたきり丸が、あっさり身をかわされて空振りする。めげずに再度体勢を整えている最中に、雷蔵に片手で背中を捕まえられて、ジタバタと手足を振り回した。
「こら。人の手紙を覗いちゃだめだろ?」
「だってー、チーム牡羊座の何かでしょ、それ? 僕も知りたいんですもん」
「なんだそりゃ。何の話だ? わしは知らんぞ」
「それはただの出任せだって言ってるだろ!」
「すいません、受取り状にサインお願いしまーす」
ちぐはぐなやりとりに動じていない清八が、ひらりと受け取りの書類と矢立を取り出す。
きり丸を牽制しながら木下がさらさらと署名した「木下鉄丸」の四文字が目に入った瞬間、三木ヱ門は脳天を突き抜けるような声を上げた。
「思い出した!」