図書委員会の来月分の申請予算には情状酌量の余地があると、会計委員長に一応進言しておこう。
事情を理解して気の毒がりはしても、不要と認められる予算は容赦なく却下するのが潮江文次郎という男だが。
「温情とか思いやりを、お持ちで無いわけではないんだけどな」
早足に歩きつつ独り言を洩らした三木ヱ門の前に後にまとわり付きながら、きり丸がびっくりしたような声を上げる。
「重い槍? 潮江先輩、とうとう袋槍まで10kgそろばん仕様にしたんですか?」
「お前はうちの委員長をなんだと……、有り得ないとも言い切れない……うーむ」
「あれ。向こうに誰かいる」
きり丸が急に指さした方へ目をやると、校舎と庵と倉庫の方角へそれぞれ分かれる三叉路のちょうど真ん中に、人の姿がふたつ見えた。
こちらへ背を向けているひとりは地面に目を落として立ち尽くし、それと向き合うもうひとりは、小さく屈んで俯いている。
どちらも服装が忍び装束ではない。寒空の下でも袴を着けず、威勢良く袖を捲ってごつい腕をさらして立っているのは、
「馬借の清八さんだ」
届け物かな。でも、どうして馬を連れていないんだろう。到来物の予感に目を光らせたきり丸が、不思議そうに首を傾げる。
……さっき背負っていた籠がない、と三木ヱ門は声に出さずに考えた。作法委員会への届け物は無事済んだようだが、中身ごと籠を置いて来たのか? 荷を運ぶ道具は仕事の必需品だろうに――
「あ、」
それとも、あの蓋付きの丈夫そうな籠そのものが届け物だった?
あれが「鳥籠」と決まった訳ではないけれど、あんなつづらみたいな――また「つづら」か――籠に入れる鳥って、どんなんだ。
「清八さーん。こーんにーちはー」
考え込む三木ヱ門を追い抜いて駆け出したきり丸が元気に声を掛けると、ひょいと振り返った清八が破顔した。
「こんにちは。穴は空いてましたが、蛸はいませんね」
「タコって海のタコ? 違いますよー。それは一人用塹壕、すなわちタコツボですよ」
「……いや、落とし穴だ、これ」
地面にぽっかり口を開ける深い穴を指して言う清八にきり丸が突っ込み、しゃがんでいたひとりがさらに訂正して、顔を上げた。