立ち止まっているからまとわり付いてくるのだと気が付いて、三木ヱ門はふくれっ面のきり丸を後にさっさと校舎へ向かって歩き出した。
「あ、待ってくださいよー。学園長先生ってばヒドいんですよ。食塩汎用で」
小走りについてくるきり丸が腕を振り回して妙なことを力説する。
「塩が便利でどうした」
「あれ? 違ったっけ。ゼッケン番号?」
「今はナンバーカードって言うけどな。あれ、いつから変わったのかな」
「また違う……えーと、そうだ、職権濫用!」
正解に行き当たったらしいきり丸が三木ヱ門に追いついて横へ並び、得意げな顔を向けてくる。
ちょっと顔を逸らして、三木ヱ門は溜息を吐いた。
「そんなの、いつものことだろ」
「今回は腹に据えかねます! 委員会の予算に口を出してきたんだもん」
「予算?」
「友達にいい顔したいからって、中在家先輩の抗議も押し切ってさあ!」
詳しい話を聞く気になった三木ヱ門をよそに、思い出し怒りをしたきり丸がひとりでプンスカする。
……ちょっとつつけば、この勢いで喋るかな?
「図書委員会は今月、同じ本を五十冊も買ってたな。"雀躍集"って言ったっけ」
三木ヱ門が水を向けてみると、きり丸は「そおですっ」と力を込めてそれに乗ってきた。
「学園長先生の古いお友達で学者の人が自伝を書いたんだけど、全然! ちーっとも! 売れなくて、返本の山で家に寝る場所もないからどうにかならないかって相談してきたそうなんです」
「もしかして"ふじわらそうじゅんせいか"とかいう方か? 今日、五年生の特別講義にいらしていたようだが」
留三郎が読みあげた入門票を思い出して三木ヱ門が言うと、きり丸はうんざりしたように手を振った。
「ふじはらそうしゅんせいが、です。筆名なんでしょうけど」
偽ブランド商品みたいな名前ですよねーと辛辣なことを言う。
講義で聞いた一代記は為になったかと尋ねられた雷蔵の表情から察するに、それを書物にした自伝の方も内容は想像がつく。作者の知名度がどうとか以前に、要するに、つまらなくて売れないのだろう。
「……で、その売れ残った本を、五! 十! 冊! も! 学園で買い取るって学園長先生が言っちゃったんですよ! 学園長先生のポケットマネーならいいけど、図書委員会の予算で! いくら版元割引が利くからってその銭でどれだけ他の本が買えることか、ああ、勿体ないったらありゃしない!」
「ちょっと落ち着け」
憤ろしげに地団駄を踏むきり丸を扱いかねて、三木ヱ門はうろうろと視線をさまよわせた。
その方がお書きになった自伝が近々図書室に入るから――と言った時、雷蔵が諦めた目をした訳が、今分かった。
学園長命令で大量の不要な本に貴重な予算を食い尽くされたら、投げやりにもなろうというものだ。