「小平太ならやりかねん」
両手で頭を抱えて呻く。白粉を塗り重ねるのと決まった形に紅を引くのとに集中するあまり周囲を見ていなかったのは失態だ、と拳を固めて自分のこめかみをぐりぐりと押さえつける。
痛そうだなと思って三木ヱ門が見ていると、文次郎は急に顔を上げしばしばと瞬きをして、痛恨の表情を浮かべた。
「待てよ。変装なら鉢屋だと思い込んじまったが、すると竹谷には悪いことをしたな」
「あ、その点は大丈夫です。あの竹谷先輩が鉢屋先輩でした」
「は?」
再度のかくかくしかじかに耳を傾け、文次郎は驚いたような呆れたような悔しそうな複雑な顔をした。
「五年の変装を見抜けなかった」
右手の拳を、高い音を立てて左の手のひらに叩き付ける。
「見抜かれれば誤解を解くいとまもなく縊られる勢いでしたから、鉢屋先輩も必死だったのでしょう」
「俺、そんなにだったか?」
「そんなにです」
いつもそうです、とつい口が滑って、三木ヱ門の頭の上に軽い拳が降った。
「で?」
うっすら涙目で横を向いて頭の天辺をさする三木ヱ門に、ぶっきらぼうに文次郎が言う。
「で、とは?」
「なんでお前はここで、ひとりで変な顔をしてんだ」
「あ、いたいた。田村せんぱーい」
答えようとするのにかぶせて、遠くから呼びかけてくる声がした。