「焔硝蔵に、特別な薬は置いていません……よね」
念のため確認してみると、兵助はきょとんとした。
「そりゃまあ、すり傷切り傷用のちょっとした薬は少しあるけど。何、どっか怪我したのか?」
「いえ、なんとなくです、なんとなく。火薬はたまぐすりとも言うから、つい連想して」
「ふーん?」
なんとなく釈然としないような顔で兵助がかくかくと頷き、「まぁ、いっか」と独り言を言った。
仕事中に失礼しました、と言い残して三木ヱ門は早々に退散した。
伊作たちは焔硝蔵の方向へ向かって、ここへは立ち寄らずそのままどこかへ行ったようだ。もう少し歩けば校舎や忍たま長屋、倉庫がある場所へ出るけれど、
「どこか、って……、どこー?」
行き先を見失って立ち止まった三木ヱ門が思わず天を仰いで嘆く。
"鼻薬"の調査は早くも暗礁に乗り上げた。だからと言って伊作の行方をあまり人に尋ね回っては、それが本人の耳に入った時に警戒されてしまう。
分かりませんでした、と報告しても食満先輩は怒りはしないだろうけど――プライドに懸けて、そんな言葉は言いたくない!
でも、ここからどうしよう。
その時、パカンと後頭部をはたかれた。
「何をひとりで百面相してるんだ、お前は」
「あぇ?」
間抜けな声を上げて振り返ると、素顔に戻った会計委員長が、その変な声に小さく噴き出したところだった。
「潮江先輩! よくぞ無事な姿でお戻りに」
「おう。……って、大げさだな」
白塗りの化粧を落としたいつもの顔に苦笑いを浮かべ、まぁ決死の覚悟ではあったな、と文次郎が言う。そちらは直す暇がなかったのか、まだ引っ詰めのままの髪と、首に結んだままのふくらすずめの頭巾が、その顔にはおそろしくアンバランスだ。
「真っ白なままで山本先生のところへ行きゃ、まだその面なのはおかしいと思ってもらえると思ってな。暴言を吐いたのは俺じゃないと何とか分かって頂けて、それでやっと化粧を落とせた」
「ああ、やはりそのお考えがあって」
白面赤目について左門が言った感想は今のところ黙っておいてやることにして、三木ヱ門はそう相槌を打った。