薬草園と食草園から焔硝蔵へ向かう道のりは何通りかある。伊作たちがどの道を辿っているのかは、さすがに分からない。
追い付くよりも先回りしようと、塀のそばを通る近道の方へ逸れた。
焔硝蔵へ火薬を取りに行ったのだとしても、火薬委員に用途を申告しなければ分けて貰えない。応急手当用、というのは正当な理由だが――
タカ丸と三郎次は顧問の土井の所へ目録を持って行くと言っていた。いま焔硝蔵に火薬委員がいるとしたら伊助か兵助か、その両方かだ。
伊助は何しろ一年は組だから、火薬の調合を頼むには少々――かなり――相当に心許ない。学園長の首が懸かるほどの預かり物にそんな冒険はできないから、伊作が頼みにしているのは、五年生の兵助と見た方がいい。
しかし、だ。
「一匁って……こんなもんだよな」
親指と人差指の腹同士を触れるか触れないかくらいに近づけて狭い隙間を作り、三木ヱ門はひとりで頷く。
人間が傷口ごと毒を吹き飛ばすにはほんのひと摘み、一匁(約3.75g)もあれば十分だ。
小猿に使うならもっと少ない。耳かきにすりきり一杯、それでも多いくらいだろう。そんな微量といってもいいほどの火薬を、一体何の応急手当に使うんですかと、火薬委員長代理は尋ねず看過するだろうか。
それを分かっていながら、秘密を無造作にぶら下げて伊作は焔硝蔵を尋ねるだろうか。
もしかして久々知先輩も猿の隠匿に関わって……、いや、でも、猿と火薬は結び付かない。実は高級豆腐しか食べない猿で、豆腐を融通して貰った? ……無いな。餌は輸入品の特別製って言ってたし……でも、左門はなにか食っているところを捕まえたって言わなかったっけ。
早歩きが次第に小走りになり、駆け足になりながらぐるぐると考えていると、視界の端で影が動いた。
「なんだ?」
立ち止まり、塀に鋭く目を向ける。
曲者が侵入したら事だ。
塀の向こうの梢が大きく揺れ動く。
三木ヱ門はじわりと腰を落として構え、片手を後ろに回して腰板から錣を抜いた。
ドカッと強く何かを蹴る重い音がしたのと同時、塀を飛び越えて大きな影が学園の中へ飛び込んだ。
「……馬!?」
錣を構えたまま唖然と呟く三木ヱ門の前できれいに着地を決めた斑模様の馬が、ぶるんと小さくいなないて首を巡らせる。
その馬上から、すかんと明るい声が降って来た。
「すいません。急ぎのお届け物なんですが、作法委員会の方はどちらにいらっしゃいますか」
「あ……、団蔵のところの馬借の、」
声の主を見た三木ヱ門が言いかけると、それを見とめて身軽く馬から飛び下りた清八が、ぺこんと頭を下げた。
「これは失礼しました。確か、会計委員会の先輩でらっしゃいましたね。若旦那がいつもお世話になっております」
「……あの、いえ、はい。お世話してます。じゃなくて、入門票を書かないと、事務員の小松田さんが追いかけて来ますよ」
「しかし、門を入ってはおりませんので」
大らかに言って笑い、清八は異界妖号の首をぽんぽんと叩く。