「やあ。はちやはちざえもんだよ」
草の間を覗き込む三木ヱ門に向かって軽く片手を挙げ、横を向いてあくびをする。
「鉢屋先輩――何をしていらっしゃるんです、こんな所で」
「潜伏」
この辺りには用のある生徒しか来ないから、それさえやり過ごせば身を隠しやすいし、なにより草の中に寝転ぶと風も当たらず日は暖かい。逃亡先にはもってこいだ。
「追われる身の人間が、冬になると隠れていた僻地から温もりを求めて人の多い町へふらふら出てきてしまうっていう話、あれは本当だな。身も心も寒いというのは切ない」
ところで君は何の用事でここへ来たのかなと、すくうような目付きをする。会計委員が生物委員会管轄の食草園へ、どうして用があるのかな。もしかして委員長に言い付かって逃亡犯を探しに来たのかな。それなら私はすぐにも逃げるよ。もぐらになって地に潜ろうか、すずめになって飛んで行こうか。
冗談なのか本気なのかいまひとつ掴めない歌うような調子で、八左ヱ門の顔をした三郎が言う。
ちょっと気圧されながら、三木ヱ門は首を振った。
「潮江先輩は山本先生に呼び出されて出頭しています。もう鉢屋先輩を探し回ってはいませんよ」
「おや、そうなのか」
しゃがんで膝を抱えたまま三郎は器用に仰のき、その反動で少し三木ヱ門の方へ身を乗り出すと、ぐっと声を落とした。
「出頭とは穏やかじゃない。何があったんだい」
八左ヱ門そっくりな形の目に、面白がるような光を浮かべて尋ねる。
それを見た三木ヱ門は、本物の竹谷先輩はこういう表情はしないな、と関係のないことを考えた。
顔かたちは瓜二つなのに表情のあらわれ方や喋り方が八左ヱ門とはまるで違う。でも、最初に会ったときは気にならなかった――
「その相手になりきる変装と、ただ人の顔を借りているのとは違うんだ」
喋り出さない三木ヱ門に何か察したらしい三郎が、自分の頬をぱんと叩いた。さっきは「変装」していたけれど、今は顔だけ八左ヱ門、中身は私自身だ。
「そういうものですか」
「ずっと中身ごと他人を演じてばかりいたら、"鉢屋三郎"がどんなだったか忘れてしまうしな」
それはちょっとした恐怖だよ、と笑う。