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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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口から出るままにぎゃあぎゃあと喚き合っていれば事足りる自分と滝夜叉丸はずいぶん気楽だ、と言うよりガキっぽい。でも、たまたま視線が合ったらそれがど突き合いに雪崩れ込む十分な理由になる文次郎と留三郎の罵倒合戦だって似たようなものだ、と思っていたけれど――実はその裏には禅問答のような深い意図が隠されていたりする?
いや、さすがに無いか。
さっきの馬鹿だ馬鹿じゃねえという無益な口論に然り、剥き出しの感情同士を衝突させることだってある。いつもいつも互いに仮面を被って裏を読み合っていてはくたびれる――
「なんだ、あれ」
怪訝そうな文次郎の声に、三木ヱ門はふと我に返った。
いつの間にか上級生長屋の庭先へ来かかっている。文次郎の視線を辿ると、こちらに面した廊下に人らしい影がうずくまっているのが見えた。
廊下の柱に肩と横顔をぺったり付けてもたれかかり、胸の前で緩く腕を組んで、両足は地面に向かってだらんと垂れている――というだらけた姿勢で、何と言うか、全体的に不定形だ。
それはものの例えで、もちろん一見でヒトだと分かる輪郭はある。しかし、手を離せばすぐにずるずると平べったくなりたがる搗きたての柔らかい餅を無理矢理ヒト型にまとめあげたような、何とも"もたっ"とした雰囲気を漂わせている。
「煮崩れた里芋みてぇだな」
「……いえ、尾浜先輩が座っていらっしゃいますね」
三木ヱ門と似たような感想を文次郎が呟き、廊下の方へ目を凝らした三木ヱ門が訂正すると、その失礼なやり取りが聞こえたのか、餅でも芋でもない勘右衛門はぎょろりと目を動かしてこちらを見た。

八左ヱ門の返事を聞いた瞬間に文次郎はそれが嘘だと見抜き、しかし強いて問い質しはしなかった。その直前に「生物委員会の収支報告書の記載には何も問題がなかった」と三木ヱ門が強弁していることと関係がある、と考えたのだろう。
何かを自分から隠そうとしている。悲壮なほどに必死なその様子を見るに、それはただ私利私欲の為ではない、よほど"重い"事柄らしい。それならこっちもその覚悟を尊重して「知らぬ振り」で応じよう――だが、お前らだけで丸ごと全部背負うんじゃねえ。
「あの念押しは、分かっていて仰ったんですね」
"三度目の"脱走はさせるなよ。
お前が俺に嘘を言ったことは分かっているが、そのことにはわざわざ突っ込まないが、俺が"分かっている"ということをお前も"分かっていろ"。文次郎は言外にそう啖呵を切り、それを正しく読み取った八左ヱ門は絶句した。そして八左ヱ門もまた野暮な問い返しはせず、お前らの荷をこっちにも寄越せという文次郎のぶっきらぼうな厚情を汲んで、受け容れた。
呟くように三木ヱ門が言うと、文次郎は急にとぼけた。
「何のことだ? 俺がいい加減なことを言ったから竹谷も勘違いした、ってだけの話だろう」
「……はい。で、私は単純です」
口を曲げる三木ヱ門に、拗ねるなよ、と文次郎が苦笑する。
猿は二回逃げた、とそれを知らないはずの文次郎に二度言われて、その二度とも「はい」と答えた。疑いもなく。迷いもなく。だって自分は「二回逃げた」ことを知っていたから、つい。
それにしても、ほんの一往復だけのやり取りの間に、腹の探り合いや含意の推察や即座の熟慮が行われているなんて――上級生同士の会話って疲れるなぁ。

だが、猿の移送行幸中に首飾りだけ籠から落ちたと考えることはできなくもない、と付け加える。
――となると、文次郎が「首飾りを探すために脱走したんじゃないか」と言ったこと自体がそもそも不自然だ――そうではない確率が高いことは承知しているのに――というわけで……それに対する八左ヱ門の「そうかもしれない」という答えも、またおかしい。
これが二度目の脱走だと文次郎が知らないことを、猿を捕まえた安堵のあまり八左ヱ門が失念していた可能性はある。
でも、低い。
見た目はわあわあと大騒ぎで立ち回りをしながら、今日の八左ヱ門は常に頭の一画に冷静な部分を残していた。……今日"の"かな? 三木ヱ門が知る機会がなかっただけで、今日"も"、かも知れない。とにかく、それを忘れてはいなかっただろう。文次郎が指しているのは一度目の脱走のことだと判断できたはずだ。
なのに、文次郎の発言を曖昧に肯定するような返答をしたのは……それでは、わざと?
顔の周り飛び回る見えない虫を追うようにうろうろしていた三木ヱ門の目が、一点に留まって徐々に晴れてきたのを見て、文次郎は小さく頷く。
「一度が二度でも理由が何でも、そう大したことじゃない。猿が無事にご帰郷し遊ばせ給うた今となっちゃ、いっそどうでもいいってくらいの話だ」
しかし八左ヱ門は"何も知らない"文次郎が誤った推測をしたのに便乗して、嘘を吐いた。ええそうですね、この小猿はお気に入りの首飾りを見つけ出したくて逃げ出したんでしょうね。いつどこで失くしたか? さあて、うっかりミスなんてそれこそいつどこで起きるか分かりませんからねえ。
確かにあまり意味のない嘘だ。
が、知ってしまえば理不尽な責任を負わされる真実を覆い隠す小さな煙玉のひとつは、ひょっとするとこの先、人の命を左右する重要な働きをするかもしれない。ならば、どんなに薄くとも、煙幕を張っておくに越したことはない。

木下を追って行った八左ヱ門が逃げたはずのその小猿を木下から渡されて、最初の脱走は意外に早く終わった。が、小つづらに押し込めて縄をかけた上で人目につかない場所に一時隠している間に、小猿はつづらを噛み破って再び逃げ出した。
文次郎は珍しい小猿が逃げているのは知っていた。
けれど、それは一度目の脱走のことだ。その動機は首飾りを探すためではなく、人間の都合で振り回される苛立ちが限界突破した挙句の自由への進撃だ。
水練池の傍で気まずい鉢合わせをした時、文次郎は八左ヱ門に向かって「猿は見つかったか」と尋ねた。が、文次郎が小猿のことを口にしたのに驚いた八左ヱ門は「はい」とも「いいえ」とも言えずに、ただ変な声だけ上げた。その後、小猿にまつわる物騒な事情をすっかり知ってしまった三木ヱ門がだんまりを決め込んだのだから――
一度は捕獲されていることを、文次郎が知る機会はなかった筈だ。
「飼育小屋の中で大事、大事に隠されていた猿が、脱走する以前に学園の敷地内で落とし物をしていたとは思えない」
かたかたと首を回して振り向いた三木ヱ門に、面倒な問題を解く手掛かりを教える口調で文次郎が言う。

覚えているのにそれをわざわざ問いかけてくるのは、何か見落としているから?
「いつ……」
呟いて、考え込む。
脱走した小猿が木に登って、何かの拍子に首飾りの留具が壊れ、下に置いてあった鹿子の砲腔に落ちた。
三木ヱ門はその時、手入れに使った道具の掃除と後片付けの為に鹿子のそばを離れていた。道具の汚れを落とすのに手間取ってしまって、戻って来るまで予想外に時間を食ったっけ。
それでも、首飾りが落ちたところにたまたま通り掛かった作兵衛が「鹿子を壊した!」と思い込み、砲身に腕を突っ込んでキラキラ光るものを拾おうと奮闘しているのを見とがめたのは、左門が角場で捕まえた小猿を外出しようとしていた木下に預けるより前のことだ。
やっぱり一度目の脱走の時で間違いない。
――と言おうとして、ふと引っ掛かった。

小猿は最初の脱走で不運にも首飾りを失くした。
そして、お気に入りの逸品を探そうとして二回目の脱走を決行し、文次郎が手にしていた首飾りを取り戻した。

首飾りを失くしていなければ、「それを探すため」は脱走の動機にはならない。

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