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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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さっきから文次郎に面倒臭くじゃれかかっていた続き――、でもないらしい。背後に潜むというよりは文次郎を前へ押し出し、盾にして、三木ヱ門と勘右衛門がいる方角から身を隠そうとしている。
制服の背中を鷲掴みにされて振り回されている文次郎は、たった今までふてぶてしく構えていた三郎の豹変にひたすら戸惑っている。
「おぉい、鉢屋? 何が何なんだ、お前のやることは訳が分からん」
「すずめ、」
「すずめ?」
裏返ったままの三郎の声が呻き、復唱した文次郎がちらと周囲を見回す。
勘右衛門が召喚した忍雀の集団はその寸前に、やはり勘右衛門の号令一下、すでに散開している。だから文次郎に見えたのは、廊下の端にしゃがんで楽しそうにしている勘右衛門とその前にぽかんとした表情で突っ立っている三木ヱ門、それに数羽のすずめが地上の陽だまりで戯れる、至って平穏な風景だった。
「……すずめ怖い」
「うわ、そこ触るなくすぐってぇ……は?」
背中に額を押し付けて三郎がぼそっと呟いたのを文次郎が聞き返した途端、三郎の堰が切れた。掴んだ服ごと文次郎をがくがく揺さぶり、ほとんど半泣きになって駄々っ子のように喚き立てる。
「ヤなんです、怖いんです、やだやだやだすずめやだぁぁぁ」
「わ、おい、止まれ鉢屋止まれ舌噛む目ぇ回る」
「先輩たすけて」
「まさかベソかいてるのか、お前」
「助けてください」
文次郎にすがり付きぐすぐすと鼻声で懇願する三郎の態度は到底、ただ悪ふざけをしているようには見えない。これが演技だというなら、京で一番の役者もその生計を投げ出して出家遁世したくなるだろう。
仙蔵に一体どれほどこっぴどいトラウマを植え付けられたのか想像したくもない。
普段は何かと斜に構えた三郎の取り乱しっぷりに三木ヱ門が顔を覆いたくなっていると、さすがにびっくり顔で目を瞠っていた勘右衛門は、妙に感心した様子で「ふうん」と唸った。
「三郎が自主的に上級生に頼るのって初めて見たかも。めずらしー」
「"頼る"って状況ですかねこれ」
「そうだなあ、ちょっと違うのかな。潮江先輩は鬱陶しがってもちゃんと構ってくれるから」
三郎も甘えやすいんだよね――と言って、にっと笑う。

――別に何も異変は起こらない。
黙ってにこにこしている勘右衛門に「今のは何ですか」と尋ねようとした時、三木ヱ門の耳に小さな羽音が聞こえた。
ひとつではない。二つ、三つ、四つ――次第に数を増し、羽ばたきが重なって耳で追えなくなる――その音の集団がどこからか近付いて来る。
「ひゃあ!?」
咄嗟に腕で顔を庇った三木ヱ門の傍らを掠めて、水中の魚群のような影がざあっと廊下へ舞い降りた。
「そんな悲鳴を上げなくても大丈夫だよー。危なくないから」
のんびりした勘右衛門の声に恐る恐る腕をどけてみると、濃淡の茶色と白と黒が入り混じったふくふくと丸まっちい小鳥の一個小隊が、廊下の上からそろって無表情に三木ヱ門を見上げていた。
その黒目がちな目玉の数は目視でおよそ六十対。
辛うじて悲鳴は飲み込んだが、それでもうなじの毛がびりびりと逆立った。
「……す、すずめはちっちゃくて可愛いと思っていたのに」
集団になると――いや、数が多いだけならなんと言うことはない。が、気まま勝手に飛び回っているのが当然のすずめに一糸乱れぬ集団行動をされるのが、これほど不気味だとは知らなかった。
「えー? 可愛いじゃない。それに結構、頭いいんだよ」
くきき、と首を傾けて異議を唱える勘右衛門の動きまで鳥っぽい。
すずめの群れから目を逸らし気味に、しかし勘右衛門と向き合うのも気後れがして、やや半身になりながら三木ヱ門はこわごわ質問した。
「賛同しかねます。……あの、このすずめたちはひょっとして、作法委員会の忍雀では」
「その通り」
あっさり認めた勘右衛門がもう一度無音の指笛を鳴らした。
三木ヱ門には聞こえないその音に従うかのようにすずめたちがぱたぱたと隊列を変え始める。その動きは一見、よく訓練された曲芸のように見えて、予備知識さえなければ微笑ましいと言っていい光景だった。
喜八郎から「忍雀の報告は組体操でブロックサイン」と聞いていなければ。
「……何故、尾浜先輩が作法委員会の忍雀を操れて、報告を読み取れるんですか」
「それは――」
「うわぁあっ!」
動き回るすずめたちを眺めて訳知り顔に頷く勘右衛門に三木ヱ門が低い声で問いかけ、にっこり笑って答えようとした勘右衛門を、三郎の裏返った悲鳴が遮った。
何事かと振り返ると、三郎は困惑顔の文次郎の背中にしがみついて精一杯体を縮めている。

三木ヱ門がさっきの文次郎を真似て無言で半眼をすると、勘右衛門は取ってつけたように悄然とした表情をした。反省はしてるよと両手を合わせて拝んでみせるが、そんな殊勝な態度をしたそばから含み笑いでちらっと舌を出したりする。
なおも黙っている三木ヱ門に圧力を感じている様子はないものの、勘右衛門はぐるりと辺りを見回して、ちょっと肩の強張りをほぐすような仕草をした。
「いやさぁ。楽しかったんだよね、実際。俺はウチの委員会にとって"裏予算"のフェイルセーフポイントだから、ある意味計画の蚊帳の外でさ、他のみんながこそこそひそひそやってるのがやっぱりちょっとは羨ましかったりして……悪い事してるんだけどね! それだから、俺は俺で情報収集のほうに力を入れてみたらなんかハマっちゃってさあ。標的をそれとなーく誘導して話を聞き出したり、集めた情報を分析してみたら隠し事が浮かんで来たり、予測を立てて張り込みをしたらビンゴ! とか、だんだん面白くなってきちゃって。いやー、忍者の本分って確かに諜報だよなーって、すごく実感しちゃった。あ、でもね」
一息に喋りまくる勘右衛門に圧倒されて、やや仰け反り気味に身を引いていた三木ヱ門の鼻先にぴっと指を突きつける。
「生物委員会の周辺は一切触れなかった。八左ヱ門は"裏予算"に噛んでないし、何かがあるってのは分かったけど、安易に首を突っ込んでいいことじゃない気配がしたから」
それはそれは大した友情ですこと。
そうチクリと言ってやりたくなったが、水練池のほとりで「あいつらを関わらせたくなかった」と叫んだ八左ヱ門の姿を思い出すと、まぜ返す言葉は口から出る前に舌の上で溶けてしまった。踏み込んでいい領域と踏み込まれたくない境界が自ずと合致しているのは相手を思えばこそだからだろうし――その関係は、それこそ安易に茶化していいものではないと、三木ヱ門には思えた。
こんな考え方、甘い……かなぁ?
「その代わり、作法委員会が面っ白いことやってたよお」
葛藤する三木ヱ門をよそに、内緒話をこっそり耳打ちする時のように目をきらきらさせて勘右衛門が声を落とした。
と言っても、目が取れたとわざとらしい悲鳴をあげる三郎と、その辺りの部品を片手に掴んで気味の悪そうな顔をしている文次郎がこちらを気にかけるそぶりはない。
無くて幸いだ。
「鷹の代わりにすずめを鍛えて忍雀が出来上がった話でしょう」
先回りして三木ヱ門が言うと勘右衛門は一瞬拍子抜けした顔になったが、すぐににんまりした。
「そう、俺もその話を掴んだ。それでね、」
言いながら唇の横に指を当て、ひゅうっと音のしない指笛を吹く。

「情報屋だったんだよ」
すっごく頑張った田村に敬意を表して白状しようと秘密めかして囁き、丸い目をちかちかとはしっこく瞬く。
「五年のみんなで企んでたことはバレたみたいだし、それならもう黙っている理由もないし。悪い事って出来ないもんだね」
「情報屋って……それじゃ尾浜先輩は、諜報活動で裏予算の手助けをしていたんですか」
「へえ、会計は"裏予算"って呼んでるんだ。いかにも背徳なカンジだなー」
「ごまかさないでください!」
「ごめんごめん。これでもちょっとは動揺してるんだよ、俺」
そうは見えない。
眉を釣り上げた三木ヱ門とは逆に、眉の端を下げて恐れいったふうな表情をしてみせるが、勘右衛門の態度にはどことなく余裕がある。実行役ではないとはいえ、会計委員会の目を欺いて予算をプールしようという計画がばれたと、たった今自分で言ったばかりなのに。
開き直った? しかし自棄になってるのともどこか違う気がする。
四年生の三木ヱ門では勘右衛門が韜晦している真意は何とも測りがたい。しかし頼みの文次郎はまだ三郎とわあわあやるので手一杯だ。……三郎の目元が顔からごそっと外れている猟奇的な光景が目に入って、三木ヱ門はひゅっと息を呑んだ。
自分と同じ顔が大変なことになっているのを見た勘右衛門も、さすがに一瞬笑顔が褪せる。
「やだなーあれ……えーとね、諜報って言うと格好つけ過ぎで、あっちこっち歩き回って見たり聞いたりちょっとは調べたりして集めた情報を、何でもかんでも同級生に喋くってたただけです。だからうろついてるところを捕まって黒板交換を手伝うことになったんだけど」
「何でもかんでも?」
「嘘っぽく聞こえるだろうけど、その"裏予算"ってやつを具体的にどう実行するか俺は知らないんだ。だから、いる情報といらない情報の区別が俺にはつかないから、集めたそばからだだ漏らし。知っていたからって損するわけじゃないしね」
その中から必要な情報を取捨選択するのは聞かされた側任せ――ということか。
五年生同士が寄り集まって喋っていても、あるいは勘右衛門が同級生の誰かを呼び止めて話しかけても、それは格別注意を惹く眺めではない。せいぜいが「五年生は仲が良いな」と思うくらいで――そこで機密事項に関わる(かもしれない)情報提供が行われている、とは考えもしない。
「あ」
「あ?」
「一年ろ組の教室から医務室へ行く途中で、もしかして不破先輩にお会いになりましたか」
「んふふー。会ったねえ。小さいつづらを持ってたな」
「……尾浜先輩、楽しそうですね」
雷蔵の変装をしている三郎のふりをした雷蔵がいやにこまごまとこちらの状況を把握していた理由は、これなのか?
情報を集めると言ったって勘右衛門ひとりでは限度があるだろうに。
「ご存知なんですか」
「なーにをー?」
我知らず問い詰める口調になった三木ヱ門の気負いを、勘右衛門はのんびり間延びした口調で受け流した。が、顔は意味有りげな色を浮かべて、にこにこと笑っている。
「田村が食草園やら焔硝蔵やら学園の中をあちこち駆け回っていたこと? 七松先輩が長屋の廊下を地下からぶち破ったこと? 八左ヱ門が善法寺先輩に屋根の上から追い落とされたこと? 善法寺先輩が怪しい薬を作って実験していたこと? それとも、潮江先輩にほっぺたを撫でられた田村が――」
「ぎゃあ!」
並べ立てられる情報の断片の数々に呆然としていた三木ヱ門は、勘右衛門が一段と笑みを深くして言いかけた最後のひとつを反射的な悲鳴で遮った。
おかしい。
冷や汗で空回りしそうな頭で必死に考える。勘右衛門と顔を合わせたのはこれが本日二回目だし、挙げ連ねた「事件」はどれも、現場に勘右衛門はいなかった。伊作が薬の実験をしていた話など、さっきの尋問で吐かせて初めて表に現れた事実だ。注意して観察していれば「保健委員長がおかしな動きをしているぞ」と気付いたかもしれないが、忍術学園の生徒は多かれ少なかれ、傍目には変に映る行動をごく当たり前にする。そんな中でこれと言った理由もなく特定の個人に特に関心を持って注視するなんてことを、するだろうか。
「……尾浜先輩は、」
「うん」
やっとのことで三木ヱ門が口を開くと、勘右衛門は笑顔のまま相槌を打った。
「学級委員長委員会が新しく購入した"つづら"を――」
"つづら代"の名目をつけて空計上した不正な予算を。
「何に使う予定か、知っていらっしゃいますか」
その質問に答える直前、勘右衛門は軽く声を上げて笑った。三木ヱ門にはそれが、事情を知る共犯者に向ける、ある種の親しみを込めた声に聞こえた。
「さてねぇ。"買った"のは三郎だから、詳しいことは知らないな。でも、つづらはいくつあっても困らないし、あればあったでいくらでも使い道があるよねえ」
「……そうですね」
五年生たちが共謀した裏予算に、学級委員長委員会の二人目の五年生である勘右衛門は深くは関わっていないだろう――という予想は当たっていたようだ。だからといって完全に部外者として傍観していたのでもなさそうではある。
「俺はねー」
眉間にしわを寄せる三木ヱ門と、文次郎にアイアンクローを掛けられている三郎をちらりと見比べて、勘右衛門が声をひそめた。

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