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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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04
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さくさくと落ち葉を踏みながら、土井がいるであろう教員長屋へ向かって歩く。
文次郎は三木ヱ門の右手側の半歩先を歩いている。日の沈み具合を気にしているからやや早足だ。それでも、ついて行けない程ではない。
土井にどう話を切り出すか、何を攻め口に追及するか、言い逃れや開き直りをされた場合はどう対応するか。移動しつつ手短に相談して大まかな粗筋を取り決め、それを互いに復唱し確認し合ってから――そう言えば、言葉を交わしていない。
自分も文次郎も黙っていることに、どこか遠くで鳴いた鳥の姿を探し何気なく周囲を見回して初めて三木ヱ門は気が付いた。そして同時に、この沈黙を重苦しく感じていないことにも気付いて、ひとり驚愕した。
同じ場所に二人でいるのに会話がない。
いつもならその静けさが圧力になって無用の緊張を強いられるというのに、今は少しも苦にならない。のんびりゆったりという気分は、これから抜き打ち監査という名目のカチコミだという状況が許さないが、心の中は穏やかに凪いでいる。それこそ、落ち葉を踏む微かな音や鳥の鳴き声に耳を澄ませる余裕があるくらいに。
顔を上げるとすぐ目の前、ほんの半歩前に文次郎の背中がある。ほとんど体が上下動しない滑らかな足運びだが、うなじで括った髪は歩みにつれて小さく揺れている。
ちょっと手を上げれば容易に届く。軽く肩を突けば、あるいは「先輩」と呼び掛けるだけでも、文次郎はきっとくるりと振り返って、ぶっきらぼうに「何だ」と言うだろう。
そうする代わりに、三木ヱ門は手を上げて元結に付けたままの花結びをそっと撫でた。
体の中いっぱいにぐるぐると渦巻いてはち切れそうだったもの――尊敬と憧れと畏怖、それに少しの反発と埒も無い焦燥がまぜこぜになった斑模様の分厚い霧のようなものは、だいぶ薄くなった。触れようと思えば触れられるし、たぶんそれを許してくれる、でも自重する。自重できる。焦って手を伸ばさなくてもいいんだと今では分かっているから、この距離が心地良い。
「監査の後が大事(おおごと)だな」
前を向いたまま文次郎が呟いた。
「監査内容をまとめて文書にして、査問状に起こして、五年生たちに回答を要求して――職員会議には放り込みますか?」
小走りに追いついて三木ヱ門が横顔を仰ぐと、文次郎はちらっとそちらを見て、難しい表情で顎に手を当てた。
「生徒の自治の問題だ。出来ればやりたくねぇな。報告はしないとならんだろうが」
「もしかすると何か月かさかのぼって帳簿を検める必要があるかもしれませんね。うわぁ、しんどいな」
過去の帳簿の洗い直しという作業が増えても、現在やらなければならない仕事も待ってはくれない。思わずこぼした三木ヱ門の額を、立ち止まった文次郎がぺちんと張った。
「忍者ともあろうものがこの程度で弱音を吐いてどうする。二日三日の徹夜ぐらい、物の数でもねぇだろう」
「……そうですね、慣れました。率先垂範を示してくださる委員長がいらっしゃる限りついて行きますよ」
「何を他人事みたいに言いやがる。ついて来る、じゃねえよ」
「へ?」
言下の否定に三木ヱ門は目を丸くした。拒絶? 拒否? え、今さらどうして?
「委員長てのは最終的な責任を預かる立場ってだけで、別に偉くもない。それ以外では他の委員と――少なくとも、俺と田村とは五分だ。あとをついて来るんじゃなくて一緒に来るんだよ」
「……へ?」
「出来ないとは言わせねぇ。その自信はあるだろう」
「……はい。はい、はい、はい!」
一度目は呆気にとられながら、二度目からは正気に返って、何度も頷いた。その拍子に大きく揺れた花結びを慌てて押さえ、急いで元の位置に戻す三木ヱ門に、返事は一度でいいと素っ気なく文次郎が言う。
すぐ近くの梢からぱっとすずめが飛び立つのが三木ヱ門の目の端に見えた。
この情報を持って行く先は作法委員会か勘右衛門か、それとも、あれはただのすずめだろうか。せわしく羽ばたく小さな翼を見送りながらそんなことを考えたが、何でもいいやと思い直した。
背の高さが違うから歩幅が違うのは仕方ない。今は遅れを取らないようにするだけで精一杯だ。でも。
「行くぞ」
「はい」
飛んで行ったすずめの後ろ姿から目を離して再び歩き始めた文次郎に、今度はその横に並んで、三木ヱ門ももう一度歩き出した。

<<了>>
「日が暮れてしまいます。何も問題はないようですから、行きましょう」
「問題ないのか」
床下に潜り込んだ時に三郎が巻き上げた土埃と、底の知れない笑顔を浮かべて黙っている勘右衛門を交互に見比べて、文次郎が不審げな表情をする。
「ない、です!」
「――です」
三木ヱ門が力を込めて断言し、勘右衛門は肩をすくめてそれに倣う。そして、文次郎にへらりと笑いかけた。
「いやぁ。田村がここまでたどり着いてくれたのが嬉しくて、つい色々お喋りしちゃいました。な、田村」
「えー……はあ」
お喋りというより一方的な独演会だが、確かに、喋りに喋った。
三木ヱ門が五年生の"裏予算"やその他の事案を追って駆け回っていることは、どうやら作法委員会の忍雀を勝手に使役して集めた情報から、とうに知っていたらしい。しかし"裏予算"の実行に勘右衛門は関わっていないと判断した三木ヱ門が調査の対象に含めなかったので、ここでも蚊帳の外の憂き目に遭った。
申し合わせでそういう役割を振られたのだから、むしろきっちり仕事を果たしていると心密かに誇るべきだ。でもでも俺は五年生のトリックスターなのに、全然、まったく、まるっきり無視されるなんて、そんなのつまんない!
勘右衛門の滔々とした自白の裏側にはそんな主張があるのではと、拝聴しながら三木ヱ門は思っていた。
その気持ちは分からないでもない。いや、分かる。とってもよく分かる。
表に出たがる諜報役というのは忍者としては良くない。晴れて「忍者」を職業としたら、その日から生涯自分の仕業を喧伝することなど出来ない。だけど、自分たちはまだ雛にも満たない忍者のたまごだ。今はまだ――今のうちだけだから――自己主張も自慢も自儘も、ちょっとだけ許してほしい。
そんなことを生徒の中で一番プロに近い六年生に言ったら、叱られるだろうか。呆れられるだろうか。仕方なさそうに笑ったあと、ちょっと痛めに小突かれそうな気がする。
自分を見詰めている三木ヱ門とふと視線を合わせて、文次郎は苦笑した。
「で? 気は済んだのか」
「はい」
にぱっと勘右衛門が笑う。
「三郎は、あとは私がどうにかしますから、どうぞ行ってください。お手数おかけしました」
ぺこりと下げた頭を上げるその一瞬、三木ヱ門に向かって素早く片目をつぶってみせた。

※例の如く非公開保存になってましたごめんなさい……。(3/23)

熱があってふらふらしている留三郎に、子供のように口を尖らせて絡まれた時だ。
相手を困らせることで甘える――どこまで受け容れてくれるか測る――というやり方は何も子供の常套手段とは限らないが、それを仕掛けられやすい人物、というのはどの年代にもいる。そういうヒトは「甘ったれる」と「頼る」の見極めができないと、知らず知らずのうちに辛い立場に陥れられたりもする。
その点では文次郎は受容範囲がきっぱりしている。度が過ぎれば厳しく拒絶するし拳骨も飛ぶ。
だからこそ、その呼吸を心得ている者からは「甘えられやすい」。
……と、仙蔵曰く"文次郎の待遇がやけに甘い"三木ヱ門は、この放課後の一連の騒動の中でそのような知見を持った。
それが当たっているのかどうは知らない。
でも。
「俺はそう面倒見がいい方じゃねぇんだが。……鉢屋、俺と田村はこれから仕事があるんだよ。だから離れろ。お前を引きずっていくのは手間だ」
「……」
無言の三郎は首を振って拒否したようだ。文次郎が天を仰ぎ、勘右衛門はけらけらと笑う。
「あはー。先輩、苦労性ですねえ」
「何とかしろ、尾浜。いい加減重い」
「無理でぇす」
「あ! 庄左ヱ門と彦四郎!」
三木ヱ門が突然大声を出した。
文次郎と勘右衛門はその声に驚いてぱっと三木ヱ門の方を見たが、三郎の動きは違った。しがみついていた文次郎から弾かれたように離れて飛び退り、左右に目を走らせもせずに、頭から廊下の下へ滑り込む。
それきり、しんとしている。
「どこかにウチの一年生がいた?」
きょろきょろ周囲を見回し、目につく範囲に人影らしいものがないのを確認して、勘右衛門が首をかしげた。
「すみません。見間違えたみたいです」
「間違えたって。お前、目はいいだろう」
平然と答える三木ヱ門に文次郎はきょとんとして、勘右衛門は笑い出した。
三郎は下級生、特に一年生の前では格好を付けたがる。中でも委員会の後輩である庄左ヱ門たちの目には、六年生にとりすがる姿など面子にかけても晒したくないだろう。だからその名前を出せばきっと速やかに離れる、――という計算だけではない。
ウチの委員長が他所の五年生に困らされているのを見るのは「やだ」。
不思議と洞察の鋭い勘右衛門にはその辺りの考えを見抜かれたかもしれない。それでもいいや、といくらか自棄になって、三木ヱ門は解放された文次郎の腕を引いた。


仙蔵のヤロー難儀なことをしてくれやがる、とこぼす。
同級生で同じクラスで長屋も同室、だからと言って仙蔵がやらかしたことに文次郎が責任を負う必要はない。無いが、俺には関係ないと知らん顔もできないのだ。
こいつをどうしたものかという表情で三郎を見下ろす文次郎をなんとなく複雑な気分で眺めていた三木ヱ門は、勘右衛門が興味深そうに自分を見ているのに気が付いてぎくっとした。思わず身じろぎする三木ヱ門に訳知り顔な笑顔を向けてから、勘右衛門は涼しい顔であからさまに遠くへ目を逸らす。
「……尾浜先輩」
「ん、なーに? あっちを見張ってなくていいの?」
「見張ってなんかいません、その必要もありません。一体どうやって作法のすずめを手懐けたんです」
三木ヱ門が声を低くしてぼそぼそ詰問すると、勘右衛門はくるりと目を回して一瞬宙を仰ぎ、それから大真面目な顔になった。
「俺には見たままの技を写し取るコピー忍者の才能があったらしいよ」
「……」
「笑う所だよー」
もう少し真面目になって説明した話を信じるならば、勘右衛門が色々な物事を注意深く観察し始めたある日、やけに規則性のある動きをする特定のすずめの一団がいることに気付いた。これは何かあると突っ込んで調べてみると、それは上級生長屋の屋根裏で作法委員会管理のもと飼育されているすずめで、どうやら奇妙な技を仕込まれている最中だった。
「――でも、立花先輩にあれ何ですかって真っ向から尋ねても教えてくれるわけないじゃん? だから下級生から誘導尋問で聞き出して、何をどうやってるのか当たりをつけて、便利そうだから俺も全力で便乗した」
「五年生には特に部外秘って喜八郎が言っていたのに……」
「人徳だね」
自分で言い切った。
「それに、面白半分で八左ヱ門をつつかれるのは面白くないし」
「……。私の考え過ぎかもしれませんが、鉢屋先輩が今日は竹谷先輩の変装をしていたのは、ひょっとして目眩まし――」
「拉致ってフラッフラにした三郎を、綾部を介助役につけて雷蔵と一緒に部屋まで連れて来てくれたから、悪意でやってるんじゃないのは分かるけど遊ばれても困るしさ」
勘右衛門の口調はあくまで明るく軽い。しかしその声の底には、頑として一歩も引かない堅いものが潜んでいる。
……これは難敵だな、と三木ヱ門は内心で覚悟した。突破口は掴んだにしろ、"裏予算"の追及は相当に手間が掛かりそうだ。しかし不思議と悪い気分ではない。
一方で、文次郎はまだ三郎を相手に難渋している。
「鉢屋ー。お前をイジメるすずめはもういねえぞ、だから剥がれろ」
「やだ」
荒っぽい口調で宥めつつ腰を抱え込んだ三郎の腕をとんとんと叩くものの、即答した三郎は動かない。敬語になり忘れるどころか子供返りしたようなその返事を聞いた文次郎は、何故か噴き出した。
「……なんで笑うんですか」
「ああ、笑ってる場合じゃねえんだけどな。ついさっき違う場面で同じ台詞を言われたと思ってな」
これが伊作だと、突っかかる三郎を笑顔で「はいはい」と受け流してまともに取り合わない。仙蔵ならあとで趣向を凝らした三倍返しが来るのが恐ろしい。小平太は「そんなことより鍛錬に付き合え」と首根っこを掴むだろうし、長次はそもそも三郎の繰り出すいたずらに関心を持たない。留三郎はそこそこ面白がって相手をしてくれるが、途中で唐突に飽きることもままある。
そんな六年生評をしながら、勘右衛門はまだ待機していた二、三羽のすずめを優しく追い払った。
「今もだって、どう見ても三郎が八つ当たりで絡んでるんだから、適当にあしらうか無視したっていいところじゃない。それなのにきっちり付き合ってくれるもんね」
「潮江先輩は真面目な方なんです」
常に本気、いつでも真剣。時にそれが自分自身にとっての負担になっていることもあるようだけど、それさえ迂遠な方法は取らずに正面突破で乗り越えようとする。三木ヱ門の知る潮江文次郎はそんな人だ。
「うん。ああ、他の六年生はマジメじゃないって意味じゃないけど――そういう先輩がいてくれるのって、ありがたいんだよ。三郎みたいなヤツには特に」
ふざけるのも大概にしろと口では叱りながら、ぎりぎりの線までは受け容れて、気の済むように遊ばせてくれるから。
「まぁ、やり過ぎれば当然ぶっ飛ばされるけどさ。少なくとも潮江先輩は"面倒くせぇ"って頭からはねつけることはしないよね」
「そう……ですね」
拗ねていじけていた今の三郎が「面倒臭い」なら、学園内を巡りながら埒もないことをうだうだと考え込んで煮詰まっていた今日の三木ヱ門だって相当なものだ。しかし、文次郎はそれを煩わしがって三木ヱ門を突き放したりはしなかった。
ところでたった今、文次郎は三郎を突き放したそうにしている。
服を掴むだけでは間に合わず、後ろから腰にがっちり腕を回して完全に捕らえられてしまい、身動きもままならなくなったからだ。
「なあ、尾浜、どうなってんだこれ。こいつ、すずめに大きいつづらを背負わされたことでもあるのか」
「さあ。私は廊下が騒がしいからちょっと覗きに出ただけですもん」
「潮江先輩、これはたぶん作法に拉致された後遺症では……」
「……あ。天井裏に檻、とか言ってたやつか」
三木ヱ門の推理が腑に落ちた様子の文次郎は、しっかりくっついて離れない三郎の頭をぽんと叩いてため息をついた。

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